世界地図を読みながら

地球を動き回ってないと落ち着かない日常

灰降る街に恋をして

私は小さい頃、急な引っ越しをしたことがあった。

急な引っ越し、と言っても両親は一月以上前から知っていたはずで、私に知らされたのは引っ越しの半月ほど前だった。まだ6歳だった私には行ったこともない遠い街だった。

 

大阪から大きなフェリーに乗って、翌日たどり着いた街は、私がそれまでの短い人生で親しんだ都会、名古屋と比べるとずいぶん小さくて、県庁所在地での都会の暮らしを思い浮かべた私にとっては残念だった。

 

その街、というよりその国では驚くことばかりだった。お寿司につける醤油は甘かったし、人々の話す言葉はかなり聞き取りづらくて分からなかったし、小学生はみんな制服を着ていた。別の国に来たかのような感覚を覚えながら新しい暮らしは始まった。

 

その街は灰の降る街だった。対岸にある火山から灰が降ってくるのだ。当然、小学校のプールには屋根付きのテントがあったし、毎朝車が灰を集めていた。そして高台にあった家の近くからかすかに見える海は美しくて、魚の刺身も美味しかった。

 

期限付きで赴任していた両親にとって、暖かい南国での暮らしは海外赴任のようで楽しかったことだろう。毎週のようにお出かけをした。山登りへ、離島へ海水浴に、桜を眺めに。今でもアルバムには笑いあう私たち家族の写真が残っている。

私はいつまでもこの幸せな暮らしが続く様に思っていた。

 

しかし、三年の任期が経つと郷里の小さな町へ戻った。夏は暑く冬は寒いその町の暮らしは退屈で、少し前までの暮らしを思い浮かべながら、現実をやり過ごした。

 

私はその街を離れてから、今に至るまで旅の中で訪れることはあっても、住んだことはない。毎日のように住みたいと思いながら、その願いは叶わない。家族とは今でも幸せな関係を築けているし、その街が自分にとって幸せの象徴、というわけでもないから、戻りたいと言うわけではない。

 

その街は、私たちが去る前に新幹線が開通して、急激な発展が始まった。今でも一年に何度か足を運ぶけれど、私たちが住んでいた当時の景色はもう無い。すべては記憶の中にしか残っていない。

つまり、その街の景色に、空気に、人に、食べ物に惹かれてしまったのだ。

 

私は高校を卒業すると郷里の町から東京へ引っ越した。東京でも何度か引越をして今に至る。何度引っ越しても、幼い時から恋をしたその街にはたどり着けないけれど、引っ越す度に、その街との関係を思い浮かべてしまう。あの頃のように幸せな思い出を次の街と共に築けるだろうか、と。

 

―鹿児島県鹿児島市。本州最南端の美しい県庁所在地。

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