世界地図を読みながら

地球を動き回ってないと落ち着かない日常

変わらないということ (香港・アスタナ)

今日もSNSを開けば香港のデモでTLが埋め尽くされている。

テレビはあんまり見ないからよく分からないけれど、SNS上では日本の記者、香港在住の日本人、そして香港人までもが現地の情勢を訴えている。

 

私は香港独立派でも、中国共産党の信奉者でもないし、香港に格段の縁があるわけでもない。それでもこのデモに心を寄せてしまうのは、去年の秋に訪れた新疆ウイグルのような惨状になってしまわないか、と自由主義社会の一員として憂慮していることに加え、私が香港が好きだからだ。

 

香港が好きだ、というのは正確ではないかもしれない。

私は香港にはまだ二度しか行ったことが無いし、二回とも短い滞在であった。

多くのファンを抱える香港に対して敬意が足りない気もする。

 

しばらくの間、旅をして、確信したことの一つに、人を直感で好きになるのと同じように、自分の好きな街も直感的にわかるというものがある。

空港に着いたときや、バスから降りて街を歩き始めたときに、景色、におい、気候など様々な感覚によって感じるそれだ。

 

私にとって香港は心地の良い街だった。

中国の深圳羅湖から国境を越えると、簡体字は繁体字に代わり、紅いスローガンやLEDで彩られ、下水かなと思うほどツンとした空気が、日本のような柔らかい空気になる。

ただの概念でしかないはずの国境線は何故か知らないが世界を変える。

 

街を歩けば英国のような二階建てバスやトラムが走り、国際ブランドの看板がそこら中に立っている。人々は先進国のようで洗練されている気がした。

 

初めて香港を訪れた二年前、一日に満たない滞在であったため、物足りなく感じて、物価が高めなこともあり、またお金が貯まったら来ようと思った。

 

今年の大型連休には広州から香港に行った。香港に泊まればよかったのだが、高い宿泊費に躊躇してしまい結局深圳に泊まって二日間香港へ通った。

「また来たらいいのだ」と思ったからだ。

 

しかし、(報道等で見る限り:実際に訪れたわけではない)香港の世界は一変してしまった。あの輝いて見えた街は破壊され、人々は権力に蹂躙されている。

 

私の知っている香港はもう存在しないようだった。

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同じ経験はまた別の街でもある。

カザフスタンのアスタナ。

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1997年に遷都された新都は日本人黒田紀章によってデザインされた美しい街だった。

街の中心部にはバイテレクというタワーが聳え、その平行線上には大統領府、ショッピングモールなどが配置された計画都市で、建物は奇抜でありながらも、未来を表しているようで眩しかった。

私が訪れたのは11月のこと。氷点下10度、タクシーに乗りながら「この街は光で溢れている…」とつい言ってしまったら「だからこそ美しいんだ。」と運転手から返ってきた。雪道をガリガリ走るタクシーから眺めた景色は本当にきれいで、でもやっぱ夏の風に浴びたいなと思った。カザフは夏が最高らしい。

 

そのアスタナも、今年になって急に大統領の名前から取った「ヌルスルタン」に改称されてしまった。

 

夏のアスタナを訪れる夢は叶わなかった。

 

物事に永遠は無いのだと悟った。

変わらないものは何一つないのだろう。