世界地図を読みながら

地球を動き回ってないと落ち着かない日常

あの日を夢見て

新卒で入社して3か月余りが過ぎた。私の入った会社は所謂、日本的大企業で、大量の社員の中で私は毎日判子を押してばかりいる。

朝9時の始業から夕方の18時ごろまで会社の建物の中でずっとパソコンに向かって座っている行為は仕事がきついかどうか、ではなく拘束されているという事実がもはや受け入れられなくて、休憩するふりをして、いつも窓から山並みを眺めている。

これまで住んだことのない街で、知らない人たちと新人研修を受けて、配属された当初までは、新しいものに出会ってばかりで目まぐるしい日々でお祭りのようでもあった。そんな日々はそろそろ終わりが見えてきて、日常の中に組み込まれそうな状態になってきた私の毎日だ。朝から出社して、夕方に帰る。これを五日繰り返すと週末になってわずか二日の週末がやってくる。

週末は疲れた体を休めているとあっという間に日曜日になってしまうし、どこかに出かけよう!と意気込んでも週末のお出かけ先は混んでいる。

私は飛行機に乗るのが好きだったから、学生時代はLCCのセール運賃やマイルを使って飛行機に乗っていた。ふっこう割もずいぶん活用していたし、いつも国内旅行なら飛行機はほぼ無料から数千円程度で宿だって一泊数百円から5000円で泊まれていた。

ところが週末しか使えない身になってみると航空券は高いし宿も平日の何割増しもする。航空券だって安いものもあるけれどそれは午後だったり夕方のもので、二日間をフルに使おうとするととんでもなく高くなってしまう。

もちろん、働いているんだから、大学生よりもお金を持っているのだから出せばいいじゃないかという考え方もある。しかしながら昨今の新卒の給与は伸び悩んでいて、母親の初任給と5万しか増えていないと聞いたときは倒れそうになった。生活をした上で旅ができるほど私たちの給料はない。別に給与に不満を持っているのではないけれど、時間を持ち、少ないお金で楽しめていた学生を卒業してしまうと、毎日最低賃金+300円程度で働き、週末になると、時間もなく、少ない時間を楽しもうとするにもそのお金が無い、貧困層になってしまったのを痛感している。

時折自分は何のために生きているのだろうか悩むことがある。好きな旅もできず、会社の寮に住み込んで一か月間薄給で暮らす毎日。それが日本の当たり前なのかもしれないけれど、つくづく自分を育ててくれた両親は強いと思う。とてもじゃないけれどマネできない。

職場に向かう道でふとすれ違った車、退勤した後に街を照らす夕日、ふとした景色に出会ったときに、旅をしていて通りがかった街を思い出す。寝台列車から見えた月、闇夜のモンゴルでも家の灯りはともっていた。イスファハーンの夕日、イマーム広場は夕日に照らされて一層美しく輝き始めた。台湾の鈍行列車から眺めた景色、非冷房の旧型客車は機関車の音が大きくてやかましい、窓を開けると水色と青色のグラデーションが美しい南の海と行楽地へ向かう車が飛ばしている。

今は、思い出に感傷に浸りながら、少しずつ夢を喰いながら生きている気がする。

もし、あの自由の時間が輝くものだとすれば、それは二度と手に入らない輝きなのだろうか。それともこの退屈な日常の中で美しい、素晴らしいひと時と出会うために生きるべきなのだろうか。

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