世界地図を読みながら

地球を動き回ってないと落ち着かない日常

樺太旅⑤*ノグリキ→ポロナイスク*

【2015-8/15】
今からちょうど1年前のお話し。戦後70年の終戦記念日に北樺太のノグリキにいました。
71年前の昭和20年のこの日、本土では玉音放送が流れ、停戦に向かい始めた日なのですが、樺太では8/9からソ連の侵攻、まだまだ戦の最中でした。そんな日の北樺太での一日。
 
 
ユジノサハリンスクから乗った夜行列車では疲れからか、前の晩の23時ごろに寝てしまい、目覚めたら9時過ぎ。
もう終点のノグリキ直前でした。ちょうどそのころ車掌さんも、もうすぐ終点だぞ、と起こしに来る時間。ロシアの寝台列車はちゃんとお知らせに来るようです。
その時、チャイを飲まないか、と言われ、欲しいというと25pくらいで紅茶と砂糖をくれました。結構熱かったけど、冷まして飲むとおいしい。寝台の朝に紅茶。
ノグリキに到着したのは10時前。
 
 
 

最北の駅にもかなりの人が降りて、まだ北にあるオハ行のバスとも接続。
これから何時間かかるかわからないですが、一度乗ってみたいなあ。
ちなみにこの駅はサハリン鉄道最北端。
東京から東北本線、函館本線、宗谷本線、サハリン航路と乗り継いで来て
遂に最北端まで来ました。前の年に日本最北の稚内まで来たけど
なんか物足りなかったところでしたが、その不完全燃焼もここで終結。
最果てまでやってきました。
駅でコーヒーを飲んだところで、ここにしても仕方がないので
ノグリキ市街へ。
@樺太の道は全体的に土埃舞う道ばっかだった。
これのせいなのか、4日目くらいにはカメラのレンズのAFがダメに。。。
40分くらい地球の歩き方の地図を見ながら歩きました。
@中島建設?
 
 
ちなみに途中野犬がいたり怖かったことも。
 
着いた先はノグリキの団地。
ロシアらしく集合住宅に住んでいます。
ここで何人かのロシア人にすれ違うも、みんな遠巻きに見つめてくるだけ。
やはり、外国人になれていないのでしょうか。
@新しい薬局(日本語訳)
@スーパーマーケット一番(日本語訳)
 
団地を抜けるとメインストリートに。
スーパーマーケットがあったりお店があったりします。
真ん中らへんには教会が。
ロシア正教会でしょうか。せっかくなので入ってみることに。
とりあえず身振り手振りでコミュニケーション。
中の写真は撮ってもいいそう。
帰りしなには十字架のキーホルダーをくれました。
一キロくらいのこの大通りの果てには
ノグリキの郷土博物館が。
せっかくなので、というかここくらいしか見るとこがないようなので入館。
中には一人おばさんがいて、ロシア語しか話せない様子。でも身振り手振りと少しのロシア語で意思疎通。
中には、ニブフ民族の展示や周辺の生物のはく製、この付近の作家の作品やサハリン州全土の写真があったり。
見ているだけでも楽しかったです。
サハリン州の写真の中に択捉とか国後の写真があったのは少し悔しかった。
 
見終わったら中心部に戻って昼食。一つ目にあったところは入っても、店のなかが真っ暗で誰も出てこない…
仕方ないのでまた別の店へ。
ボルシチとパンとストロガノフ。
ロシアのお笑い番組を見ながらの昼食。
何が何だかわからなかったけども。
これで400pくらいの昼食。
ロシアで食事をするときに怖いのがお代。ここはメニューがあったからいいけども、ない所だといくらかわからない。
やっぱりボルシチはどこのお店も違う味。結構好きな料理です。
 
 
2015-8/15 北樺太ノグリキでのお話し。
ご飯を食べてからは、ノグリキの体育館前で一休み。
木陰もあっていい休憩場所に。
ちょうどここで聴いていたのは椎名林檎の丸の内サディスティックと歌舞伎町の女王。
北樺太の果てで東京の歌を聴くの最高にエモいって思ってましたね。
ちなみに公園の中には戦勝記念碑も。
対独戦勝記念碑ですね。ちなみにロシアは大祖国戦争と称して1941年から対独戦争。
勝利したのは1945年5月のこと。
8月になるまでにその戦力を極東に集結させて、8/9に対日参戦。満洲、樺太に攻め入りました。日本人としてはこの火事場泥棒ともいうべき侵略のことを、
戦争に勝利したと言われるのには非常に腹が立ちます。まぁソ連時代の話なのですが。
 
そのあとゆっくりノグリキ駅に戻ることに。
晴れ渡る空の中、土煙舞う道を歩きます。
 
途中ユジノサハリンスクまで620マイルと書かれていたのはとても面白かった。
そして線路のあるところまで。
もう誰もいないので写真撮り放題!と人目を気にしつつ一人撮影会。
 
 



こんなに近づけるのもめったにないです。
 
ホームから撮影
@訳すと、旅客列車≪サハリン号≫ユジノサハリンスクーノグリキ
といったところ
 
 
 
前からも撮影。ばれないかびくびくしながら。
 
 
そして列車に乗車。
またまた寝台車です。
ここでコーラを飲んでいたら同室のロシア人のコックのおじさんが入室。
なんとそのおじさんもコーラを飲んでいたので、「一緒だね」って話してたら、
「違う違う、これウォッカで半分割ったんだぜ」だって。
さすがロシア人強いぜ。って思ってたら三分くらいしたらお前も飲め、って誘われたw
とりあえずそれを飲むも「Drink,drink」と勧められる。仕方なく飲む。
そんなことしてたら知りあいの人たちもやってきて、四人でずっと廊下でしゃべることに。これが国際交流、多分。
@すごくきれい。北樺太の夕方

@寝台車から眺める夕陽。雄大な景色に沈む夕日。この度一番の景色でした。
 
 
 


 
そろそろ途中のティモフスクに到着
おじさんはビール調達。面白いからついていくことに。
@駅前
 

再び走り出します。
 
そのあとは2ℓのビールを回し飲みw
カメラ向いて飲んでたら「サムライ!」と笑われた。多分車内は禁酒。
 
次の長時間停車はスミルニフ(気屯駅)
樺太夜情って感じ。すごく好きな写真。
 
おじさんたちはレオニドヴォ(上敷香)で下車。別れ際にZIPPOをくれました。
SACCOという会社のものでサハリンの地図が描かれていて素敵なもの。
今でも大事にしまってあります。
 
上敷香には日本人もいるようなのでいつか行ってみたい。
 
そして23:30頃、ポロナイスク(敷香)に到着。
ずっといてみたかった南樺太最北の都市敷香。
 
最初の日に出会ったロシア人の友達の紹介で宿が見つかり来ることができました。
インターネットでは宿が見つからないんですよね。。。
 
そのお友達の車で宿へ・・・
と思ったら普通のアパート。黴臭い階段の先の部屋。
こんな部屋でした。1500p(去年のレートで3000円)
 
普通のソ連のアパートやないかい!
 
初めて寂しいというか不安になった一瞬でした。
でも結構貴重な体験なのか?と思いつつ寝る。
 
続く